ピレ・リウス古地図の謎 続編![]()
ピリ・レウス時代の地図制作技術は、一般的には、まだまだ稚拙なものであった。地理上の発見がまだまだ始まったばかりの時代で、大陸の形はおおよそは知られていたが、各部の大きさについてはまだまだ不充分であった。左の地図は1527年のロバートソンのもので典型的な当時の地図だ。
地図制作の大きな問題は経度の問題だ。地図上の縦の線(経度)は、東西の方向(地図の左右)にどれくらい離れているかを知らせてくれる。緯度の方(地図の上下)は星を見ることによって、比較的簡単に知ることができる。しかし経度は時間を正確に測る道具を必要とするのだ。ストップウオッチ(クロノメーター)が発見されたのは、ピリ・レイスの時代から200年も以上も後のことだ。当時の殆どの地図は、陸地の東西方向の間違いが非常に目立つのだ。
その東西方向の誤差の点で、ほんのわずかの例外が存在した。黒海と地中海を航行した中世の船員たちは約200年の間、ポルトランと呼ばれるものに基づいて作られた比較的正確な地図を使用していた。ポルトランとは車輪のスポークのように中心から16本、または32本の線が放射状に伸びる模様で、後の船乗りたちが使用した羅針盤の模様に似ている。しかしその起源は謎である。
ニューハンプシャー州立キーン大学科学史学科教授ハップグッドと彼の生徒たちの大きな貢献は、ピリ・レイスがポルトランを描く時に利用したやり方を明らかにしたことである。この謎を解く鍵は、ピレ・リウスの地図に記された5つのポルトランの中心が、ひとつの円周にのっているという事実にあった。ハップグッドは3年間の試行錯誤の末に、その中心が、今日我々が知っている重要な経度と緯度の交わる場所であることを明らかにした。つまり、経度が東経30度に当たり、この線は古代の学術の中心地であるアレクサンドリアを通る。・・・そこはピリ・レイス自身が語っているように、、彼が参照した古地図のいくつかを購入した町でもあった。一方、緯度の方は、北緯23.5度に相当し、これは北回帰線である。
これを受けて、マサチューセッツ工科大学のリチャード・W・ストレイチャンは三角法を用いて、5つのポルトランが大西洋上のどこに当たるかを正確に割り出した。それによって今度は、ピリ・レイスの地図を現代の地図上に再展開することが可能になり、その正確さをチェックすることが可能になった。
驚くべき結果が出た。ピリ・レイスは間違いなく多くの古地図をもとに、その地図を作っていたことが分かり、その内何点かは、16世紀初頭の地図制作の水準をはるかに凌駕する正確さを持っていた。アフリカとヨーロッパの西岸、北大西洋の島々は、すべて正確な経度上に位置していた。もっと驚くのは、それらが南アメリカと南極に対しても、経度上の相対関係において正しいことだ。カリブ諸島についても、ポルトランの使用によって原図の角度が間違っていることにハップグッドが気づくと、やっぱりぴったり当てはまっていたことが判明した。ピリ・レイスの地図のこの部分は、エジプトを中心に据えた球面投影法に基づく古地図をもとに描かれたもののようであった。
アマゾン川の河口にあるマラジョ島については、ハップグッドはこうの述べている。「マハラジョ島の地図は特筆すべきである。1543年のこの島の発見以前には、16世紀で、この島を描いたものは1枚もない。」 南アメリカの南部は非常に正確で、その平均誤差は1度以下である。フォークランド諸島は南アメリカの東岸のずっと下の方にあるがその緯度は正確である。(緯度は5度の誤差) この島々は1592年にジョン・デビスによって発見されたので、ピリ・レイスの地図の80年後の発見ということになる。
| ピリ・レイスの地図は当時の地図はもちろん、その200年後のどの地図よりも正確に、ヨーロッパとアフリカの海岸線の経度が描かれている |

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参考文献:THE WORLD ATLAS MYSTERIES BY Francic Hitching
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