驚きのイザヤ書IZAYAH

トーラーをのぞくユダヤの正典もまた筆写者によって写され、そのプロセスは厳格なものではあるが、トーラーの巻物に関するほどの厳しさはない。さいわい歴史的な偶然によって、そうした書を写すだけでもどれほど正確だったか、ましてトーラーの伝達はそれよりどれほど正確だったかをかいま見ることができる。
最近まで、ヘブライ語で書かれ現存するイザヤ書のもっとも古い写本は紀元600年ごろのものだった。しかし死海の発見物の中には、完全なイザヤ書の巻物2巻があった。それは紀元前100年頃のもので、以前のものより約700年ほど古いことになる(学者の中にはそれを1000年とするものもいる)。
古代世界で広く行われていた通常の筆写法を考えれば、双方の巻物には無数の違いがあり、互いに完全に変化したり、失われたりした箇所あることが予測されるだろう。どうしてそのようなことを予測するのか。比較のために新訳聖書のことを考えてみよう。(新約聖書は文字のレベルに霊感がこめられているとは主張していない。ユダヤ教でもまたトーラー以外のヘブライ語の聖書テキストに、そのような霊感がこめられているとは主張していない。)新訳福音書の古代テキストだけでも、およそ2000もの重要な違いがあり、意味には影響しない重要ではない変化はそれをはるかに上回る。人々に愛されている福音書の断片は、今日では敬虔なキリスト教徒さえ、後代の挿入と考えている。たとえばヨハネによる福音書の、娼婦に石を投げつけようとする群衆とイエスの対峙する有名なエピソードがそれだ。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まずこの女に石を投げなさい。」
それなのに、紀元前100年のイザヤ書の写本と、紀元600年の写本の間に見つかったのは、少数の
1文字違いか、句読法のささいな違いだけだった。
そして700年近く、ほとんど1000年にわたってその写本に関わってきた筆写プロセスは、トーラーの巻物の場合より、厳格なものではなかったのだ。
Jeffrey Satinover
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